不登校からの生還✨家族で頑張る継続登校の日記

中学2年の息子が突然、完全不登校になりました。8ヶ月間の引きこもり生活を経て、復学支援機関のもと、中学3年の夏休み明けから復学させて頂きました。
継続登校するからこその苦労を、支援の先生の指導のもと、家族で乗り切る日記です!頑張ります!!

〝敬語〟を使う様になった上の子🙂

上の子ですが、なぜか?バイトしまくってます😆


朝から夕方まで、派遣からの販売のお仕事をして、そのまま予備校のバイトへ回り、


自分で、正社員が残業するくらいの時間、働いてる〜と言ってます。


大学のサークルに入らず、心配しましたが、

これだけバイトすれば、学ぶ事も多いらしく、


バイト仲間や先輩、派遣先の社員の方々とのやり取りを聞かせてくれます。


それで、主人が気がついたのですが、たまに、親との会話が敬語になる様になりました。


よく、敬語を使う生活になったからなのか?


それとも、自分で働いて、親への感謝が生まれたのでしょうか??



思い出すと、、、

私の高校時代は、親への反抗がハンパなかったです。

これでも中学までは、勉強も運動も頑張る優等生だったのですよ😅

でも、高校時代は、とにかく家族が嫌で嫌でしょうがなくて、思い切り反発して生きてました。


それで、家族と離れたくて高校卒業と共に、就職で上京しました。


初めての会社の寮生活、デパートに勤めましたので、身体も疲れて、、、


その時、初めて、


あ〜、お母さんは、こんなに疲れて帰って、それから家事をしてたんだ〜😣って、実感しました。


自分で働いて、やっと親の苦労がわかりました。



上の子も、社会に出て、親のありがたみが、すこ〜しはわかって来たのかな??



この子も、、


F先生の支援が始まった時は、高校2年生の混乱期でした。

支援を受ける前、この子の混乱から我が家の問題が表面化されたと思います。


その後、息子が不登校になり、

F先生との、初回インテークでは、ウチの問題は、この子が本丸!と言われたくらいです。


F先生、S先生からの上の子への対応のご指導が無かったら、、


今の様に安定した大学生活を送れていなかったと思います。


私が、上の子を子供のままにしていたかったのだと思います。


共依存でした💧


上の子は、息子と反対で吐き出しタイプですので、上の子のアピールを収めるのに、


私のベッドに入って来たり、膝に乗ったりを、

喜んで受け入れてました。


それが、ますます上の子の自立を抑えていたと思います。


アピールが始まったら、怖がらず離れる!を

続けて、やっと少しだけ、年相応の親子関係に

近づけてきたかな?と思います。



先輩お母様方も、支援を卒業して何年経っても、元の干渉が出ない様に、家庭教育の基本を頑張っていらっしゃいます。



今朝、上の子が、バイト先の先輩が、上の子が希望する官庁への就職が決まって、


もし、希望するなら、今年から勉強を始めないとね、と言われた〜でした。


私は、それなら、1年から勉強を始めないと!

セカンドスクールが必要なのでは?とか、言いそうになりましたが、、、


先ずは自分で考える!と思って、


へえ、そうなんだね〜。くらいで抑えました😆


この積み重ねなんだと思います。

まだまだ、先回り、過干渉のクセは抜けませんが、安定しているからこそ、元に戻らない様に気をつけよう!と思います😌


そして、息子は、、、


何も喋りませんので、こちらは安定して、何も言えずにおります😭

いいんだか?悪いんだか?わかりませんが、


どちらも、家庭教育の基本を頑張るしかない!ですね。。。


頑張りますよ✊️

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