不登校からの生還✨家族で頑張る継続登校の日記

中学2年の息子が突然、完全不登校になりました。8ヶ月間の引きこもり生活を経て、復学支援機関のもと、中学3年の夏休み明けから復学させて頂きました。
継続登校するからこその苦労を、支援の先生の指導のもと、家族で乗り切る日記です!頑張ります!!

子供は、家の経済事情を肌でわかっているんだろうなーと思います😌

一昨日は、二度寝してから思い立って、水回りのお掃除を始めたのですが、


主人が買っておいたと思われる、強化プラスチック?のヘラを見つけて、


水垢をゴリゴリしてみたら、、取れる😆

嬉しくなって、ムキになって、汗をかくまてゴリゴリ頑張りました!!

シンクや洗面台が、ピカピカ✨になりました。

幸せーーー😊


さて、お題のお話なのですが、


子供が小さい時はわからなかったのですが、子供が20歳を迎えて、ウチの子を含めて、周りのお子さんの進路などを見てみると、


子供って、自分の家の経済状況を、肌でわかっているんだろうなーと。思うのです😅


どーゆー事かと言いますと、


「ウチは経済的に、絶対に私立高校は無理!」と、よく聞くフレーズです。


でも、見ていると、本当に無理なお宅のお子さんは、確実な公立高校に行きますし、

そうは言っても、なんとかなるお宅のお子さんは、チャレンジして公立残念、私立高校になったりしてます。


そして、高校から先の進路は、多岐に及んで来る訳ですから、それぞれの子供の選択が、

「家の経済事情を肌で感じて選んだのだろうなー」と思うのです。


以前の私は、凝り固まった価値観で、今時は

良い大学を出なければいけない!と思ってましたが、、、


息子の不登校からの、家庭教育の学びからの、たくさんのお子さんの進路選択や、選択しただけで終わってくれない😅また、その後の行ったり来たりのお話を伺って、


以前の偏差値重視の価値観は、思い切り壊して🔨もらえたと思っています。


そうして過ごして来て、息子は浪人を選択した訳ですが、F先生のご指導で、自分から浪人させて下さい、とお願いして来れましたが、


前提に、浪人できる家庭の経済状況だと、なんて言うのか?肌でわかっていたと思うのです。


だから、親は必要な条件提示はしましたが、それ以上の、励ましも、脅かしも入れたらいけない、と思っています。


ここで、浪人までさせて、お金をかけてやったのだから、もっともっと勉強するようにと、親が言ったら、、、、

結局、以前の「良い大学へ行くべき」との、メッセージになってしまうと思うのです。


ウチの場合、息子への期待値のハードルを上げてしまって、息子が動けなくなった、との自覚がありますから、


浪人突入必須4条件の提示のみで、これから、どのくらい勉強するかは?黙って本人に任せて見守る、、、ですね。まずは😅


ウチの上の子も妥当💦な事言ってます。

この頃、上の子が、これ以上親に借りは作らない、と言いますので、

やっぱり、肌でわかってるんだなーと思いました😅


昨日は、趣味のスポーツの近隣市町村親善大会でした。

わが町の首長が、挨拶にいらしたりして、結構華やかな雰囲気で、楽しく三試合、頑張りました✊️

昨日の私は、自分で言うのもなんですが、

「絶好調✨」満足のプレイができました😆


大会が終わって、コートを片付けていましたら、先程試合をした、隣の市のチームの、

私よりずっとお若い感じの方が、3人で私に近寄って来て、いきなり


「すみません!失礼ですが、お年はおいくつなんですか??」でしたので、


私は、なになにー??と思いましたが、笑って

「やだー。聞かないでください。5〇才でーす😅」と言いましたら、


そのお若い方々が、

「去年の試合からメチャクチャ動ける!と思って皆んなで見てたんですよ!すごく上手いですよねーー😆お手本にしますーー😊」


なんて言って来てくれました😆

うふ💕すごく嬉しかったです!!


今朝起きたら筋肉痛ですが、5〇才になっても、こんなに動ける事に、心から感謝して、


今日も1日頑張ります!!

昨晩は、眠れませんでした💧

昨日、息子と同級生のママ友のお家の前でおしゃべりしてましたら、

ご近所のもう1人の、息子と同級生の、ママ友が、お仕事帰りに、私達の話し声を聞いて


「やっぱり!〇〇ちゃん(私)だー!!」

「わー!久しぶりー😆」で、


3人で、30分くらい?もっとかな?

ペチャクチャおしゃべりしましたー😆


後から来たお友達は、趣味のスポーツの他のクラブチームに所属してますし、なんと言っても、その場で3人のお家が見えるくらいのご近所さん。


って、ここは新興住宅地で、新しいお家が、バンバン建っているのですが、この3人は揃って2世帯住宅の、古くからの住人なので、


おばあちゃん同士もお知り合い。ご主人同士は幼馴染だったりして、あれこれ話題は尽きませんでした😅


でも、そのうち話題の中心は、息子の学年の大学受験の結果発表??となりました。


私は、この頃よく使う

「おかげさまで、〇〇(息子)は、無事に浪人が決まって、早々に予備校に通い始めましたー😅」と、報告しました。


このお2人の息子君は、

どちらも小さい時から、息子と仲良くしてくれていて、息子の不登校時代、それはそれは心配してくれたママ友です。


それで、何はともあれ、息子が無事に高校を卒業できて、動けている事をとても喜んでくれました😅


お一人の息子君は、第一子の、しっかり者。

高校在学中から勉強を頑張って、控え校、適正校と、順当に合格💮

そして、チャレンジ校は不合格だったけれど、

よく頑張ったねーで、適正校に進学する気持ちでいたら、


なんとなんと!!先週の土曜日に、そのチャレンジ校から、いきなり合格通知と手続書類の入った「合格の証💮重たい封筒」が、届いたそうなのですー😆


もう1人のお友達が、

「なに?なに?ちょっと詳しく教えて!!補欠でもなかったの?電話もなかったの?」と聞きましたら、ホントにいきなり来たそうですよ。

他の2人は、上の子で大学受験を経験してますが、そんな話は聞いた事ないねー💦で。


そのお友達は、合計3校に、入学金を納めたそうですが、いやいや😆良かった、良かった!でした。


もう1人のお友達の息子君は

「合格を頂いた大学は、納得していないらしくて、進学するけど、仮面浪人するとか言ってるの😅」で、

最後まで合格した大学名は、言いませんでした。


そちらの息子君は、理系の大学に受かったそうですので、私は、

「今の首都圏の大学受験の状況で、理系の大学に、現役で受かったのは、立派な事よ!!

ウチの主人が、理系は、大学名ではなくて、学内順位が大切だって、言ってるよ。

理系の大学なら、就職も良いだろうし。

〇〇君、良く頑張ったじゃない!!」と言いました。


そして、誰がどこに受かったかの話となりました。


だいたい、この段階で合格の情報が流れて来るのは、早い時期に合格が決まっている推薦&AO組か、上位校合格組✨


言ったらなんですが、昨日おしゃべりした3人は、どちらかと言ったら??

「仲良しママ友たくさんの、お人好し系😝」

(と、自分で言うんじゃない💦)


ですので、すごいね!みんな良かったねー!!で、今度家飲みしよー🍻で、帰って来ました。



ですがー。昨晩、私は全然眠れませんでした。


おしゃべりしていて、他のお子さんの合格情報を聞いた時、合ってるか?どうか?わかりませんが、私の「表層意識」は、確かに、他のお子さんの合格を喜べていました。


それは、私の表情や、心臓の動き(嫌な気持ちになる情報だと、それなりにざわつく)で、自分でもわかりました。


私は、心から

「おめでとうー😆」とお祝いできました。


でも、昨晩眠れずに、思い浮かんで来た気持ちは、

やっぱり、息子に申し訳ないと言う、後悔の気持ちだったと思います💧


「悔しい」と言う気持ちではありませんでした。


息子が小さいうちから、もっと上手に、息子を育てていたら、息子だって、今頃、、、と。思う気持ちが、

「深層心理」にあるのだと思いました💧


でもね。息子の高校受験の時は、周りの受験の状況やらなんやら、辛くて辛くて誰ともおしゃべりなどできなかったのですよ。


息子は、全日制高校に合格を頂きましたが、他のお子さんの状況を聞く余裕など、全くありませんでした。


私も、ちょっとずつ、進歩しているのかな?

息子も、ちょっとずつ、進歩していると信じます。

息子の歩みは、周りのお子さんに比べたら、時間がかかると、覚悟できましたからね😅


昨日、お一人のお友達から、

「長い人生なんだから。1年くらい、どうって事ないわよ!」と言われて、私は、


「やだー😅1年で済んだらいいけどさ!〇〇の事じゃ、2年くらいかかるかもしれないよー。

動けていたらね、それでも良いと思ってるのよ!」と、心から言えました。そのママ友は、


「そうだよ!〇〇ちゃんがそうやってデンと構えてたら、絶対大丈夫🙆‍♀️」と言ってくれました。


そりゃ、色んな思いはありますけどね。

過去に戻る事は出来ませんものね。

主人と私が出来る事は、家庭教育の実践を頑張る事だと思います✊️


さーてと。朝ごはんを食べたら、眠たくなって来ましたー💦

今日はお仕事がお休みなので、ちょっと寝てから、のんびりやります。


それで夜はスポーツの練習で、明日は今年初の大会でーす✊️

よーーーし!張り切って、行って来まーす!

辛かった春😭の思い出

何が辛いって、今年の花粉💧すごくないですか??

私の鼻が、とうとう決壊してしまったらしく、仕事中に大変な事になって😓市販の薬を飲み始めました。

私と同い年の社員さんも、花粉症に苦しんでいて、2人で

「花粉症って、年をとったら、楽になる?らしいけど、これでもまだ年が足りないのかね??

早く楽になりたいねー💦」と、話しています。



ウチの息子は、中学2年の3学期の始業式に登校して、翌日から、突然の完全不登校になりました。


ので、中学2年から3年への進級の春は本当に辛かった事を思い出します😭

冬の間のどんよりとした天候の時は、なんとなく、私の心ももってましたが、


だんだん春めいて、青い空、白い雲、桜の花、新入生らしいイキイキとした子供達、などを見るにつけ、辛くて、辛くて、


ずーっと寒い暗い冬でいて欲しい、と思ってました😭


その年の5月に私は、大きな手術もしました。

その頃は、上の子もまだ高校生で、不安定でしたので、どうしてこんなに、辛い事が続くのか?と。毎晩泣いてました。


それでも、主人と調べに調べて、復学支援機関の情報に辿り着き、術後の身体の不安を抱えながら、東京駅の近くの、F先生のオフィスに向かった事が忘れられません。


私はあの時、走り回って良かったと、心から思っています。


あの頃、私はどんな気持ちだったのかな?

ある、カウンセラーさんに言われたのは、主人と私が、息子の中学への復学へこだわるのは、


「親のエゴです。周りの人や世間に、息子さんが不登校で恥ずかしいからでしょう。

特にお母さんの見栄です。」と言われて、、、


それは絶対に違う⚡️と、断言できました。


ウチの息子の場合、不登校が始まって、3ヶ月くらいは、自分でも何が何やらわからずの、迷走の時期であったと思います。


この時に、もし病院に連れて行ったら、何がしかの診断は、必ずついたと思います。

そのくらい、息子の心は、疲れてしまっていたと思います。

でも、疲れて不登校になったのに、いざ休んでしまったら、今度は罪悪感で、余計に疲れてしまったと思います。


不登校が始まって3日目くらいはまだなんとか話せたのですが、

そこからどんどん気持ちが落ちて行った様に見えました。


でも、親は何も言わずに、笑顔で黙って見守っていましたら、今度はだんだん気力が上がって来て、5ヶ月目くらいに自分から、


「そろそろ学校に行きたい」と言ったのです😭


ただ、そこから、具体的に息子が自分の力で復学する事は困難であったと思います。


だから、主人と私は、息子が言った

「お母さん、そろそろ学校に行きたいんだよね。」の言葉を、実現してやる為に、


本当に必死で、走り回りました😌


4年前は、F先生の初回インテークは、東京オフィスでおねがいできましたが、


もし、その少し前までのように、大阪オフィスと言われても、主人と私は、きっと伺ったと思います。


そうして、それからたくさんの事柄をF先生に乗り越えさせて頂いて、全日制の高校を卒業させて頂きました。


本当に、価値のあるものを頂けたと、心から感謝しています😭


この春🌸息子は、浪人生としてスタートを切りました。

毎日、短い時間ですが、予備校の補修に通っています。部屋の机の上も、綺麗にして、消しゴムのカスがたくさん落ちています。


ゆっくりですが、動けている事に感謝して、、


久しぶりに、穏やかな春を過ごしたいと思っています!!